案内人が語る甲州種にかける思いと必然

ワインは人が造る。ブドウは人が育てる。そして素晴らしいワインを伝えるところにも人がいる。日本ワインに関わるさまざまな人たちの想いを綴ります。


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勝沼醸造
営業部 部長 志村 聡さん


甲州種による表現にこだわった「アルガブランカ」、同じく甲州種とマスカットベーリーA種を追求する「アルガーノ」の両ブランドを軸に展開する勝沼醸造。創業は1937年と古いワイナリーで生産本数も独立系でいえばトップクラス。

その評価は現社長で、日本ワイン業界の中でもレジェンドの一人でもある有賀雄二さんが「世界一高いワイン製造コストを肯定する」こと、さまざまな失敗や成長を繰り返しながら、最終的に勝沼という土地に根付く甲州種にフォーカスしたこと、この2つの出来事から高まってきた。

「世界一高いワイン製造コストを肯定する」というのは、そのかけたコスト以上の価値や感動を味わってもらうためのワインづくりだ。海外のように大規模にぶどうを栽培して、巨大な製造設備、安い人件費を投入するということはできないけれど、手間と根気と、一方で最新のアイデアや設備投資にも果敢に取り組み、そのワインの良さはもちろん、日本ワイン全体の底上げや評価の高まりを支えてくれている。

さて、ここで紹介したいのは、営業部長の志村さんだ。「部長といっても営業は私を含めて3人だけなんですけどね(笑)」という志村さんだが、勝沼醸造のような規模で3名体制の営業部隊というのはかなり大変かと思うが、そのタフな業務の上で志村さんが担うのがワイナリーガイド。勝沼醸造をプロだけではなく一般の方にも案内する仕事だ。

勝沼醸造は求道者的なイメージでとらえられることもあるようだが、実に開放的で一般の方に対してもフレンドリー。レストランも併設され、ブドウ畑を眺めながら試飲ができるテラスもあり、ワイナリーツアーも積極的に行っている。ワインはプロやマニアのためだけにあるのではない。

確かに、勝沼醸造が行っているワイン造りへの挑戦や手法は、プロやマニアにとっての格好の興味対象だ。でも、それは一体なんのためにやっているのか。世界中の人に、甲州やマスカットベーリーAといったここ勝沼の風土から生まれたぶどうを使ったワインで感動してもらうため。難しい理屈をこねくりまわすのではなく、この地の風と情熱を、ワインを通して感じてもらうため。だから志村さん率いる営業チームにとっては、一般の方を相手にするワイナリーツアーも、いや、このツアーこそ大切な仕事なのだろう。なによりも、ここにきて見てもらうのが一番早い。

プチワイン講座、畑の見学、最後にお楽しみのテイスティングと2時間でガイドと回る「スタッフコース」(3,000円/1人 開催要項、日時などの詳細は勝沼醸造のHPを参照)に参加してみた。最初のプチ講座は明治・大正ロマンの蔵を改装したロフトにある、ほの暗いグラスギャラリーで行われた。

志村さんによる講座は、プレゼンテーションソフトを使ったものだが、これが単なるプレゼンというより、プラネタリウムのナビゲーターのように物語を見事に紡ぐ。勝沼の地理的特徴、世界のブドウの歴史、勝沼のワイン造りの歴史から、化学的な話、現在のワイン造りの環境や問題点まで、話の舞台はどんどん変わっていくが話の内容は一本の流れの中にあって、明快。志村さんの語りも見事だし、その内容にも引き込まれる。勝沼醸造の挑戦と外来品種での失敗や困難だった甲州での高品質なワイン造りの苦労も赤裸々に語られ、物語の結末は、なぜ勝沼醸造は甲州を選んだのか? という疑問を鮮やかに解明して終わる。

「人と自然と歴史の関わりを考えれば、ここに1000年前から甲州があったじゃないか」

ようやくたどり着いたのは実にシンプルな答えだったのだ。そして志村さんは、最後に、今までの軽妙な語り口から、神妙な表情に変わる。「先人への感謝、地域への感謝、そして次世代への責任。そういうものが、我々が甲州を使ったワインを造る理由のひとつでしょうね」

講座の後は、明るい秋空の畑を志村さんと一緒に歩く。「今年はここまではとてもいい状況ですよ」という甲州のぶどうをひとつまみ。さきほどの話のせいか、みずみずしさの奥からじんわりと滋味を感じる。そうだ、ここに1000年前から生きてきたぶどうなんだ。こういう人とかかわれるときっとワインは楽しくなる、そう思った。

「ワイナリーガイドについては、会社からこうやりなさい、というのはないんです。なので、みんなそれぞれ表現が違うんですけど、わたしの場合は…つい熱中しちゃうんですよね(苦笑)」

熱い話で時間をオーバーしてしまうこともあるそうだが、それは参加者にとってはうれしい贈り物だろう。

(取材・文=岩瀬大二)


勝沼醸造

http://www.katsunuma-winery.com/

山梨県甲州市勝沼町下岩崎371

電話:0553-44-0069

会社営業時間: 9:00~16:00

定休日:年末年始

見学:ワイナリーツアーあり(要予約・1500円〜)

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