ワインは人が造る。ブドウは人が育てる。そして素晴らしいワインを伝えるところにも人がいる。日本ワインに関わるさまざまな人たちの想いを綴ります。
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SAYS FARM(セイズファーム)
山崎 勇人さん・飯田 健児さん・田向 俊さん
富山・氷見(ひみ)。海沿いの天気は変わりやすい。特に秋の氷見は雲と雨と青空が目まぐるしく変わり、次第に冬の鈍色、灰色の空と海の季節へと続いていく。しかし、10月の3連休。このときだけは氷見は抜けるような青空になる…ような気がする。
この3連休に行われるのが、SAYS FARMの収穫祭&感謝祭「SAYS DAYS(セイズデイズ)」。不思議に晴天に恵まれるのだ。開催4年目の2018年も、前日まで心配された季節外れの台風がいつのまにかルートを外れた。
迎えた当日、氷見の丘の上のワイナリーには、爽やかな風と穏やかな青空。緑のガーデンはなんともピースフルな時間が流れている。美しきロケーションとして、ワイン通だけでなく、旅行好きにも注目されるこの地は、そんな奇跡があっても不思議ではないような、素敵なエピソードがある。
それを紡いできた三本の矢が写真の3人。左からワイナリーマネージャーの飯田さん、農園責任者の山崎さん、醸造責任者の田向俊さんだ。SAYS FARMの母体は、氷見を代表する魚卸問屋。寒ブリでも有名なこの街と港は、海の恵みに溢れる場所だ。
その名門の当主として会社を引っ張る兄弟がいた。創業者はこの名門の次男・誠二さん。「世界にひとつだけの場所を創る」。海で有名な氷見だが、自然豊かな田畑も丘もある。そこで氷見らしい新たな場所を創り、そこから世界に何かを発信したい。そのひとつがワインだった。荒れ果て、うっそうとした雑木林でしかなかった丘を、自分たちだけで切り拓き、水道を引いた。数年をそれだけに費やし、2008年、ようやく小さな灯りを灯す。しかし、最初のヴィンテージは間に合わなかった。
2011年、誠二さんはこの地で生まれるはずのワインを一滴も飲むことなく病に倒れた。最初は無謀な夢に反対していた長男・吉範さんだが、弟の信念、そしてこれについてきてくれたメンバーのために自らこの無謀を実現する決意を固める。その強烈な意思を継いだのが、海の男であり、魚問屋の生え抜きだった山崎さん、田向さんだった。
醸造責任者となった田向さんは、人当たりもやわらかく、静かな語り口。今でこそ業界ではシンデレラボーイとして知られ、繊細、洗練、しかしピュアというSAYS FARMのワインの味わいそのものというイメージで見られるが、元々は高校球児として日に焼け、砂にまみれた日々を送り、海の男として暮らしていくことを決めた男だった。
ワインのことなど何も知らない。修行先でもわからないことばかり。せっかくリリースにこぎつけた初期のヴィンテージも「氷見でワインなんかつくれないだろ」という冷たい視線で正当な評価以前の風評の部分で認めてもらえない。この10年、田向さんは無念とひたむきな努力を繰り返しながら、美しいワインを造り続けてきたのだ。
カウボーイハットが良く似合う山崎さんの口癖は「俺は海の男やからワインのことはなーんもわからん。俊か飯田に聞いてくれや」。でも、SAYS FARMが氷見で愛される、そのための様々な仕事は山崎さんの人柄、まさに氷見の海の男の心意気があったからこそだ。田向さんと飯田さんがいつも口を揃えるのは「山崎さんがいるからこそ、丘の上が守られたし、愛された」だ。
SAYS FARMの魅力は飲めばわかるというものだけではない。ワインの常識的な知見からすれば、富山・氷見で、まともなワインができるとは思えない、というのが普通の感覚。湿気、降雨量、極寒。しかし、訪れるとすべての謎が解ける。専門的なことはもちろんだが、感覚でもわかる。黒豆しばのワイナリードッグが元気に駆け回り、ヤギがのんびりと草をはむ。氷見湾を見下ろす穏やかで美しい緑の丘。この美しい素朴があるからこそ生まれるワインなんだと。ここで羊飼いのごとく動物たちと共に農園の仕事をこなす山崎さんを見れば、SAYS FARMのピュアさの奥にある優しいワイルドさが伝わってくるだろう。
その一方で、都会的洗練や、デザイン性、さらにステイに代表されるワイナリーという場所そのものの魅力といったパートを担うのが飯田さんだ。
ご両親は富山生まれだが、飯田さんが生まれ育ったのは大阪。建築・土木などを手掛ける会社で務め、縁あって氷見にやってきた。縁も夢もあったが、ワイナリーはまだない。一緒に汗水流して山を開き、田向さんと共に厳しい修行生活。これと並行して飯田さんには「ここしかない場所」を具体的にどう見せてくのかというミッションがあった。「ワイナリーは、ワインを売るだけではなく、私たちがワインにこめたストーリーを感じていただく場所。ここで風を感じながら、私たちのワインと、氷見というテロワールを楽しんでいただきたい」。
だから、看板のデザイン、宿泊棟のリネン、カフェの食器ひとつまで、飯田さんはストーリーを詰め込んでいく。4年前の冬にインタビューした際に「ワインの素人が集まって、丘を切り開くところから始まって、みんなで走りながら考えてきました。氷見で、この場所でワインを作る意味を、これからもこのワイナリーで伝えていきたい」と語っていた飯田さん。その意味をワインで、普段のビジットで、そして年に1度のSAYS DAYSで伝え続けてきた。
あなたの手の中にあるワイン。そのワイン造りという言葉は、広い。農園があり、醸造があり、ワイナリーとしてのコンセプトを守る仕事もある。SAYS FARMの三本の矢は、それを教えてくれる。
SAYS DAYSはいつも晴天。現実にはあり得ないだろうけれど、でも、この丘の上に立つと不思議に信じられる。雨の日も嵐の日もあって、でも、幸せな日もある。彼らにもここに来られる人たちにも、この日だけはピースフルな思い出を、という天からのプレゼント。そんな幸せな煌めき、きっとワインからも伝わってくる。
(取材・文=岩瀬大二)
SAYS FARM
住所:〒935-0061 富山県氷見市余川字北山238
営業時間
ショップ/ギャラリー 10:00〜17:00
レストラン/
ランチタイム 11:00〜14:30※予約制
カフェタイム 15:00〜17:00( L.o 16:30 )
ディナータイム 17:30〜21:30 ( L.o 21:00 )
※3日前までの予約制
定休日:なし
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