ワインを通じて示す
京都だからこそできること、すべきこと

ワインは人が造る。ブドウは人が育てる。そして素晴らしいワインを伝えるところにも人がいる。日本ワインに関わるさまざまな人たちの想いを綴ります。


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丹波ワイン株式会社
黒井 衛さん

丹波ワイナリーを設立したのは衛さんの父・哲夫さん。その設立、そして確立に至る道は実に破天荒だ。哲夫さんがこの地、丹波にワイナリーを設立したのは1979年。京都市街から北西約50km、標高は150~300mに位置、古くから京の美味を支える食の宝庫として、季節の京野菜、丹波マツタケ、丹波黒豆、丹波栗、丹波牛、京都特産豚、丹波黒鶏などの特産品でも知られたエリアだ。

丹波に開いた理由として大きかったのは、ここに哲夫さんが経営する会社の工場予定地として空いていた敷地があったことだった。その会社とは、照明器具メーカー。1952年から、日本を代表する大手家電会社に信頼されつつ、一方で開発重視のベンチャー企業として数多くの新商品を世に出してきた。京都の地だからこその伝統工芸をとり入れたデザイン性の高い照明器具があり、先端的な電子回路技術を搭載した調光器、電子回路などの開発にも取り組む。2019年1月現在、従業員は385人というからしっかりした企業だ。しかし、哲夫さんは、本業とは違う自分の行く道を見出してしまう。きっかけは海外での体験だった。フランス滞在の際、駅のホームやカフェでも気軽に愉しめるワインのうまさに驚いた。そのワインを日本へ持ち帰る。しかし、海外で味わったワイン、その感動が、同じワインなのに日本で味わうと何かが違う……。それを何度か試しても同じ結果になる。そこで考えた。空気が違う場所、違う調味料を使う国、フランスでおいしくても、京都での暮らしの中でそれが本当に合うのか? 探求心にブレーキはかからなかった。哲夫さんは、会社から引き、退職金を含めた私財を投げうち、自ら京都の食文化に合うワイン造りを目指した。自らが味わった感動、楽しさを京都を舞台に広げたい。

息子である衛さんが、この血を引き継いでいたのは、今の丹波ワインを見ればわかる。2000年入社。2004年から社長に就任。大学卒業後の4年間は地域の大手スーパーで働いていた。もともと食べ物が好きで、流通も好き。仕事が楽しいのか、楽しいと思ったものが仕事だったのかは定かではないが天職だとさえ感じていたらしい。それでもこの先どうなるのかわからないワインという商売を引き継いだ。小さいころからワイナリーの手伝いをしていたことで父の背中は見続けていた。商売というよりは、京都ならではの、京都の食と寄り添うワイン。その文化をつくることに魅力を感じたのかもしれないし、魅力というよりも使命感もあったのかもしれない。ただ、京都らしいワインといっても当初は受け入れてもらうのは難しかった。

「営業に回れば、まあ、京都でなんでワインつくんねん、日本酒やろ…って、そんなきつい言葉もいただきました」(衛さん)

京都と言えば清酒王国であり和食の聖地。そのイメージを壊すわけではないけれど、それだけではない、ワインもそこにあっていいじゃないですか。という話をしたいだけだが、それでもなかなか通じない。でも続けた。それをワインそのもので、また営業や様々な施策で衛さんは訴えてきた。

ベースとなるのはやはりワインそのものだ。丹波の土壌や気候にあったブドウ品種は何かを考えるあまり、広大とは言えない畑に、40種以上を栽培した。カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、ピノ・ブラン、ソーヴィニヨン・ブラン、セミヨン、サンジョベーゼ…。モノになったものもあれば、どうにもならなそうなものもあった。ワインと日本ワインに知見を持つ方なら、それは無理だろうと思う品種もある。例えばタナ。フランス南西部の固有品種で近年はウルグアイあたりから素晴らしいワインが入ってきているが、日本で手掛けるワイナリーはほとんどない。そのタナはすべて自社農園産。丹波鳥居野、瑞穂向上野圃場、丹波千原圃場、平林地区の4つのエリアのうち、丹波鳥居野から収穫されたものだが、これが……すばらしかった。

現在はメルロとのブレンドだが、早くタナ100%で味わってみたい。それだけのポテンシャルを感じられた。パワーとシルキーさのバランス……いや、芯の強さと絹のなめらかさと日本語で書いたほうが正解なような感覚。2013年ヴィンテージは1031本限定。これしか造れなかったというがよくぞこれだけ造ってくれた。このタナと丹波の食材や京料理との相性の見事さは、併設の『地野菜レストラン du Tamba(デュ タンバ)』で存分に味わえた。地元丹波で育てられた野菜を使い、フレンチの皿に仕上げる。コンセプトは、丹波ワインが目指す、京都であることの意味を伝えること。料理を担うのは地元出身のシェフ、木戸瞬介さん。東京の一流フレンチを経て丹波に戻ってきた。いかに地元の素材を引き出すか。足し算を重ねていくのではなく、食材もワインもその魅力を引き出しあってここだけの世界を創っていく。これも、衛さんが提示したい丹波ワインと京料理、丹波の食材との関係性を端的に示すための仕掛けだ。実際にこの場所で飲んで食べていただく。哲夫さんがフランスで味わったこと。その場所でワインを飲み、その土地の食に触れ、そこから素晴らしい文化を感じる。人生を狂わせると言ったら失礼か、それは人生を変えるほどの体験になる。

畑にしても醸造にしても、ボトルデザインにしても見学の受け入れやレストランに営業活動にしても。そのすべてが、なぜその方法を選択するのか? と聞かれれば、創業時の理念を実践するため。丹波ワインのワインは京都の素材を使い、京都の感性で造られた料理に合うということを目指す。料理とのバランスを考え、またワイン単体でのバランスも考え、ブドウのポテンシャルをできる限り引き出すワイン造りを実践する。その寄り添い方はワインを調味料のような存在にすること。

「このワイン、僕としてはあまり気に入ってはいないのですが、いかがでしょう?」。テイスティングカウンターで衛さんは正直にある1本のワインを開けた。気に入っていない理由はできの良さ悪さではない。まだ自分たちのコンセプトにあっていない、その1点だった。ぶれないで進む。だから飲み手はわかりやすい。このワインは何を目指して造られているのか。それを感じればいい。次にテイスティングしたピノ・ブランは、口にした瞬間に、夏の京都の涼やかな料理が浮かんだ。鱧のお造りに梅肉と柑橘ときゅうりの薄切りを添えて。柑橘は少な目でいい。鮮やかな酸と旨みのバランスがいいピノ・ブランが柑橘の代わりに鱧の爽やかな甘みと手をとりあう。単体としての魅力と「調味料」としての楽しさがそこにはあった。

スパークリングワイン「てぐみ」が京都では「とりあえずビール」に変わるものになるように。そのほかのワインが京都の地酒に加わるように。衛さんはワインを通じて、私たちに新しい京都の楽しみ方を教えたいと虎視眈々。創業者がフランスで出会ったわくわくを、その背中を見続けてきた衛さんが、丹波、京都で私たちのわくわくにしてくれる。

(取材・文=岩瀬大二)


丹波ワイン株式会社

http://www.tambawine.co.jp/

住所:〒622-0231 京都府船井郡京丹波町豊田千原83

電話:0771-82-2003

定休日:毎週木曜日および年末年始 ※レストランは月〜木曜日

ショップ営業時間:10:00~17:00

見学:無料ワイナリーツアー&テイスティング 事前予約制

   平日 11:00 土日祝日 11:30

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