てくてく日本ワイン旅 塩ノ山ワインフェス前編

おいしい日本ワインに目のないヴァインツリーマガジンの編集部員が、ワインにまつわる土地やお店へてくてくプチトラベル。今日はどこへ行くのかな?


トンネルを抜けると、そこはワインの国であった

────お祭りの熱気、ゴキゲンなバンド、美味いメシ、あとはそこに何があれば良いだろう?コロナか、ZIMAか。いや、この街のお祭りならワインが一番似合う。あなたは、そんなお祭りを知っているだろうか?

2019年4月13日午前。

新宿発のかいじ55号に乗って揺られること90分。高尾を過ぎたあたりからトンネルが多くなる。トンネルをひとつ抜けるたびに山の色合いが濃くなっていく。やがて、たどり着いた塩山という街は山に囲まれた盆地の一角であった。電車を降りて深呼吸をする。土曜とはいえ早い時間だというのに電車は混んでいた。人の圧迫感で息が詰まって仕方なかった。駅のホームからフェンス越しに見えるのは、かの有名な甘草屋敷だろうか。まだ日光に晒されて間もない空気はヒンヤリとして気持ちが良い。肺の中を冷ややかな空気が満たしていく。

駅を降りて見渡すと、山の高いところにはまだ雪が残っていた。そこから視線を下げると、駅舎の垣根には満開の桃の枝が見える。とても色鮮やかだ。街の香気を味わおうとして、もう一度深呼吸をする。とても爽やかな気がした。

駅近くの土産物屋を見るとグランジの効いた看板が掲げられていた。そこには「ワイン」と書かれている。そこ以外にも、目につく場所、どこかしらに自然と「ワイン」の姿が見え隠れする。お隣の勝沼のように、駅名からしてぶどう郷をうたっている訳ではないが、この街にも、生活のレベルでワインが息づいているのを感じる。そう、この街には、ワインフェスを楽しみにきたのだ。


祭りの前という時間について

会場は甲州市役所前の防災広場「塩むすび」だ。

到着したのはオープンよりも少し前だった。フェス会場とするにはややこじんまりしているが、公園としては広め、といったサイズ感の広場だ。外周を囲むようにして、食べ物の屋台とワイン販売所、物販と受付が並び、それぞれスタッフが準備にいそしんでいる。文字通り祭の前といった空気感。まだ会場の空気は熱を帯びてはいないが、内に祕めた熱を発散したくてウズウズしているようだ。

ステージではDJが音を鳴らしたり、バンドがモニターの返しをチェックしたりしている。ああ、祭りの前なのだ。出発前は「普段、なかなか飲めないワイナリーのワインをチェックできれば御の字」というつもりでいたのに、すっかり、この空気に当てられてしまった。今日は、きっと楽しい一日になる。そんな予感に、心が踊った。

オープンまで少し時間があったので会場内を歩き回ることにしよう。

屋台エリアを歩いてみると、肉の焼ける匂いと音で満たされていた。食欲をそそられる。出発が早かったこともあり朝食抜きだったので、自然と「なにを食べようかな?」なんてことを考えはじめた。もっとも、朝食を摂っていても、この光景を前にしたら同じことを考えていたことだろう。

ワイン販売所を見ながら歩いてみた。参加しているワイナリーは7つ。いずれも塩山のワイナリーだ。なお、並びは50音順。

- 牛奥第一葡萄酒
- 塩山洋酒
- 奥野田葡萄酒
- 甲斐ワイナリー
- 機山洋酒
- Kisvin Winery
- 駒園ヴィンヤード

ワインクーラーの中で飲み頃を迎えようとしているボトルを物色して回る。この日は水をあまり飲んでいなかったので、「今日は暖かくなる予定だし、よく冷えた白が美味そうだ」と期待が高まる。

入り口付近の物販の屋台を覗いてみると、グラスホルダーが目を引いた。やわらかい鹿皮に甲州印伝を施してあり、今風に言えば実にエモいルックスをしていた。祭りで財布の紐が緩かったとはいえ、考える前に買ってしまった。今日は、このホルダーで首からグラスを下げて楽しむことにしよう。なんとなく雰囲気が出てきたような気がする。ディズニーランドでいえばミッキーの耳を付けるようなものだろうか。

音とワインと美味いモノ

10時のオープンを待ってワインを買いに走る。1杯目はウェルカムドリンクチケットを使い、Kisvinの甲州スパークリングを受け取る。DJのかける音楽に身体を揺らしながらワインを楽しむ。クセが少なくてスルスル入ってくる。心地良い酸味と余韻の微かな渋みが楽しい。塩、甘、油、スパイスなんでもござれという懐の深さ、食前から食中、いつでも飲める素晴しい一杯だ。たまらず、タンドリーチキンを買いに走る。いつもなら「甲州の渋みと、スパイスの焼けた苦味って合うのか?そもそも一皿目から、こんなに強い味で良いのか?」などと悩むところだが、今日は直感に従うことにした。

- タンドリーチキン

- 信玄マッシュ(極薄角切りのジャガイモを鉄板で油と絡めながら仕上げたハッシュドポテトのようなマッシュポテト)

- 前菜の盛り合わせ

- ベーコン

直感に従って食べたいものをセレクトしたものだから、脈絡の無いラインナップだ。だが、これで良い。今日ならば、これが良いのだ。

祭りの醍醐味というのは、周りの幸せそうな人々の姿を見ることで、自分も一緒に幸せを感じられるところにあると思っている。みんな楽しそうだなと、周りを見渡してみた。

そこで、気付いた。子連れの家族客が多い。芝生にビニールシートを敷いて団欒している姿は、さながらピクニックである。他のワインイベントでは、あまりお目にかからない光景だ。地元の方だろうか。自然とワインの場に溶け込む子供の姿というのは、ワインの街ならではなのかも知れない。

DJが音を鳴らしている脇で、本能の赴くままに買ってきた料理を食べ、直感で選んだワインを楽しみ、人々の楽しそうな姿を眺める。リズムに身体を揺らしながら、多幸感に包まれる。抜けるような青い空を見上げて「こんなワインの楽しみ方があったのか」などと考えながらホクホク顔をしていると、突如としてバンド演奏が始まった。

>> 次回へ続く!


甘草屋敷

https://www.koshu-kankou.jp/map/rekishi/kyuutakanokejuutakukanzouyashiki.html

塩山駅北口からすぐのところにある。江戸時代後期に作られた非常に趣のある建造物だ。重要文化財に指定されている。庭園では甘草が栽培されており、時期によっては青々とした畑を見れる模様。今回の訪問では甘草畑は整備中らしく、その様子を見ることはできなかった。建物内の観覧の他、屋敷内には樋口一葉の資料館も併設されており、そちらも楽しむことができる。


(文:VinetreeMAGAZINE編集部 石田 写真:コンドウアヤ)


塩ノ山ワインフェス

http://shio-fes.com