てくてく日本ワイン旅 塩尻ワイナリーフェスタ前編

おいしい日本ワインに目のないヴァインツリーマガジンの編集部員が、ワインにまつわる土地やお店へてくてくプチトラベル。今日はどこへ行くのかな?


日本ワインの聖地

2019年5月19日。この日の塩尻は、とても風が強くて、空が青くて、太陽は暑くて、でも、空気はヒンヤリとしていた。標高が高いせいだろう。ここは、日本ワインの聖地──というものがあるとすれば、ここは間違いなくそのひとつ──だ。

塩尻──── この街は、桔梗ヶ原ワインバレーの中心地。現代の日本ワインにおける欧州品種の積極採用のきっかけを作った街であると、わたしは考えている。もちろん、それ以前にも国内で欧州品種を栽培してワインを醸造しているワイナリーもあっただろう。しかし、現代日本ワインの父と呼ばれる麻井宇介氏が「ラフィットだろうが何だろうが、同じ造り手として対等の立場なんだ、世界に負けないワインが日本でも必ず出来る」と言い続け、1989年、ついにこの街のメルローに国際ワインコンクールで大金賞を獲得させた。これが欧州品種の積極採用の大きなきっかけとなったことは想像に難くない。

これより以前のワインは、日本人の好みに合わせて生食用ぶどうから作った原酒を甘く調味したものが中心だった。例に漏れず、塩尻でも、甘口ぶどう酒用の原料としてナイヤガラとコンコードを生産していた。しかし、それらの消費減に伴い、メルシャンの麻井宇介氏が、この街でワイン用欧州品種のメルローを育て始めた。そして、試行錯誤の末に産んだワインが「シャトーメルシャン 桔梗ヶ原メルロー」である。そして、その過程で得たノウハウと思想を惜しみなく後進へと伝えたと言われている。彼の指導を受けた後進のことをウスケボーイズと呼ぶ。ウスケボーイズについては本や映画にもなっているので、聞いたことがのある人も多いだろう。気になる方は是非見てみて欲しい。

麻井 宇介氏の情熱が日本ワインの未来を切り開いたのは間違いない。しかし、それよりも早くから欧州品種の栽培に取り組み、試行錯誤していた「五一わいん」「井筒ワイン」を始めとしたワイナリーや、それを支える農家のいたこの街だからこそ麻井 宇介氏が桔梗ヶ原メルローで日本ワインの未来を切り開けたのだろうとも思う。奇跡がこの街で起きたのではない。街全体の力で奇跡を手繰り寄せた。塩尻はそう感じさせてくれる。

今日、この街でワイナリーフェスタが開催される。塩尻ワイナリーフェスタの大まかな趣旨は「塩尻のワイナリーを循環するバスを走らせるのでワイナリーめぐりをしてみてください。ワイナリーの中で軽食の屋台や試飲コーナーを設けてお祭りをしています」というものだ。つまり、お祭りムードの中でワイナリーめぐりを楽しんで欲しいということ。


駅前ワインステーション

塩尻駅前に到着すると駅前広場にはワインスーテションが展開されていた。ワインステーションはフェスの実行委員会本部、フードの屋台、ウェルカムワインの屋台がずらりと並んでいた。

受付でグラスとおつまみなどのセットを受け取った。ステムから下に漆塗りが施されたこのグラスは、年ごとに漆の色が変わるらしい。記念にコレクションする人もいそうだ。

ひとまずウェルカムワインをいただく。ひとしきり見回して塩尻の歴史を支え続けてきたナイヤガラの中口に決めた。

ナイヤガラ独特の甘やかな香気と、それに反して口に含んだ時に感じる控えめの甘さと、割としっかりした酸のギャップが面白い。これならボトルを抜栓しても、飲み疲れることなく、一本飲めそうだ。きゅうりの浅漬に合いそうだ。さて、ここを出発点としてワイナリーめぐりを始めよう。時間の関係で全ワイナリーをめぐることは難しそうだが、ゆっくりと見ていこうと思う。


塩尻志学館高等学校

いきなり、高校ってどういうこと?ワイナリーフェスタの話じゃないの?と困惑した皆さん、ごもっとも。ここは、日本では珍しいワインを作っている高校なのだ。ワイン造りの歴史は戦中まで遡る。皆さんはワインと二次大戦の話を知っているだろうか。戦中、ワインから採れる酒石が欲しくて軍はワインの醸造を奨励もしくは、場合によっては命令した。潜水艦のソナーを作るのに酒石を精製したロッシェル塩を必要としたからだ。そういった経緯があり、この高校の前身である農学校も果実酒の醸造免許を発行されワインを作り始めることになったのだ。塩尻のワインは酸が強く出る傾向にあり酒石が多く採れたという。戦中、塩尻一帯は軍用ワイン作りをさせられたことだろう。それが、農学校にまで及び、学生達が「自分らの口に入ることはないであろうワイン」を作らされていた。その名残で、現代まで高校生が「自分では味見をすることもできないワイン」を作っているのだと考えると感慨深い。

メルローを試飲してみた。ぶどうの出来自体は良さそうだが、醸造時の櫂入れの回数が多かったのだろうか、わたしには少し渋過ぎる印象を受けた。とは言え、それも個性のひとつ。総じて言えば楽しいワインだったように思う。


Kidoワイナリー

Kidoワイナリー。ウスケボーイズのひとり城戸亜紀人氏の経営するワイナリーだ。駅からは少し離れた場所にある。小さなワイナリーで生産量が少ないこともあり、常に入手困難の状態だ。基本的に、発表と同時に抽選販売を行い、それで売り切れてしまうという。こういうのをカルトワインというのだろうか。普段はなかなか味わうことのできないワインだが、ワイナリーフェスタでは試飲できるということで訪れてみた。

ピノグリを飲んでみた。シンプルでかつ、とても魅力的なワインだと感じた。色はさほど付いておらず、サラリとした液体。骨格を感じさせるフローラル、相応に甘やか。酸はさほど表には出てこないが、しっかりと存在している印象、余韻は長く奥行がある。軽食やサッパリしたものに合いそうだ。ディナーよりは、休日の家でのブランチ、軽食と合わせるとハッピーになれそうなワイン。こんなに身近な味わいで、しっかりと美味しいのなら、もっと手に入り易くなって欲しいし、毎日でも飲みたいのだけどな……と、ここまで考えて、誰もがそう思うから入手困難になるのだ気付いた。なかなか、どうして上手くいかないものである。


本日はここまで。明日も引き続き、後編をお送りする。


奈良井宿

https://www.naraijuku.com

中山道六十七次のちょうど真ん中にあたる三十四番目の宿場町。古い建物が残っている街並みは、とても美しく街を歩いているだけで楽しくなれること請け合い。勿論、宿場街なので宿も食い処も豊富だ。滞在してワイナリーめぐりをするつもりであれば、こちらで宿をとってはどうだろうか?


塩尻ワイナリーフェスタ

http://shiojiriwine.naganoblog.jp/